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zoom RSS パニック発作物語第19話「父の闘病・自分の闘病」

<<   作成日時 : 2014/12/07 04:02   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 26 / トラックバック 0 / コメント 1

 父のガンの入院生活が始まるとすぐに、自分にも

強烈な体調の劇的な変化が訪れました。。。



 ただでさえ少々の「不安」でさえエサに成長してしまうパニック障害。

すでに重症化していた自分には、ただの信号待ちですら、

発作が出てしまうほどの、常に極度の緊張・不安状態。



普通の生活をしてる人でさえ、家族が突然末期ガン宣告されたら

計り知れないショックだと思います。


 僕にとっては突っつくだけで激痛な場所を金属バットで思いっきり

殴られ続けられるくらいの衝撃で、

あんな苦痛が一日中毎日襲ってくるなら、

きっと人は覚せい剤や薬物に逃げたり、

時には死を選ぶ決断に踏み切る人の感覚や想いを

リアルに味わいました。。。




 誰も人けのない実家でただ一人怯えるような日々。

起きていようが寝て居ようが、手足は汗びっしょりになり、

地に足がついてないようなフワフワしためまいがずっと。。

震え、自分が自分で無くなるような恐怖感が、常に襲ってくる。


 何が怖いとか、何が不安とか、

そういう次元ではないんです。


 人は痛みや感覚を一旦脳が認識して、「痛い」とか「緊張」とか

そういう感覚の指令を身体に出します。


わかりやすく言えば、その司令塔の脳が誤作動を起こしているので

本来出てはいけない苦しい症状だけが襲ってくるのがパニック障害。


 何を考えようが、どう思おうが、脳が身体が危険だと赤信号を

全身に送ってしまうのでそれは自身ではコントロールがほぼ出来ません。


脳梗塞・心筋梗塞・心臓発作、、、、


実際はどんなに検査をしても、その病気を持ってなくても、

その症状だけが襲ってくるという結構残酷な病気です。。。


 足が骨折してなくても骨折してる痛みだけが襲うような、

そんな理不尽な病気。。。




そんな病気が重症化した中での突然の父の末期がん入院は

到底精神的に耐えれるようなものでは無かったです・・・。

かといって、家に独り残された僕はゆっくり休んでる余裕もなく、

色々来客もあれば、近所のわけのわからない付き合いもあるし、

電話もなるし、それら全部が急に父からバトンタッチされたので、

右も左もわからない不安と、もしも自分が寝込んでいるときに

来たらどうしようというさらなる不安。


家中、どこにいても落ち着かず、一日中家の中をウロウロした。


 祖母の遺影と仏壇に手を合わせ、気づけばその前で

一日中じっとしたり、突然泣き出したり、

時にはそのまま眠りこけるようになっていきました。



 叫びたくなるような、、発狂してしまいそうな強烈な発作が

毎日朝から晩まで続き、それをただ耐える日常。



いろんな想いが積み重なっていました。。。


「一番身近である自分が父の看病に自力で行けない事」

「そのせいで兄や親族に迷惑をかけてる事」

「そんな中で父のを後回しにしてまで自分の病気を訴えれない事」


いつしか、

「自分は迷惑をかけるだけで何も出来ないという現実・・・」が

頭から離れなくなりました。



 自分をそこまで責めるなとお思いでしょうが、

こんな状態では責める事しか出来ません・・・・。

父がいつどうなるかわからないこんな非常事態に、

動けず、ほとんど寝込んでる自分を呪いました。


動きたくても動けない。。。簡単な事すら怖くてやれない。




仕事をしてる叔母が毎日お見舞いに行ってくれて、

片道3時間近くかかる兄夫婦が何度か深夜に来て、

朝まで父に付き添ってくれました。


 こんな自分がどんどん情けなく思えるようになり、

兄たちにも申し訳ない気持ちが募るばかりで、


おのずと自分は「無価値」と思うようになっていきました。


そう思ってはいけない!と言い聞かせてもどうにもならない。

たぶんもう、この時点で「鬱病」になりつつあったんだと思います。



「お父さんが急にこんな事になったけど、

気をしっかりもって頑張ってね」



そんな事を何度か言われましたが、正直言えば、

自分は自分の病気でそんな状態ではなく、、ですが周りに対して

健常者を演じて気丈に振る舞うしかなかったです。

 そしてそういう態度で演じてしまうがため、時には傷つく事も

言われる事もしばしば。


「出来るだけお父さんのそばにいてあげたら?」

「お父さんの為にも○○君(僕)がしっかりしなきゃ!」


…そんなことは重々わかってる。。。

わかってて出来ないから毎日苦しんでる。

なのでそういった事をスッと言われると、とても悔しく悲しく、

また自分を責めながら家で一人で泣く日々も少なくなかった。。




 音にもひどく敏感になりました。

なにせ我が家から自分以外の生活音・気配が無くなったのですから、

何かしらの物音は自分以外の音であり、ひどく怯えました。

 電話も特に怖かったです。

この状態での電話の着信は、「父に何かあったという」知らせの

可能性が高いので、

「いつ電話が鳴るか?」

「電話が鳴るのではないか?」

「電話が鳴ったら父に何かあったのではないか?」


そんな恐怖に怯える毎日で、その不安がまたパニック発作を

呼ぶという悪循環で、寝れない・食べれない・動けない・・・。

発作の恐怖と苦しさと、父の容体の不安。

丸一日それにもがき苦しむ。そんな日々でした。



 そんな状態でまともに生活が一人で出来るわけも無く、

そして自力での車の運転で父の病院に行けないので、

たまたま病院に向かう叔父が我が家にある日寄った時、

僕はもう玄関先で動けない状態で、遭遇した叔父にすぐに

近くの町医者に病院搬送されました。


 身体が極度の衰弱状態で、よくわからないですが、

血液検査で内臓がほとんどまともに動いておらず異常だらけ。

水分だけはと思って摂っていたのですが、ストレス性の下痢もひどく

また摂取した水分が身体に吸収されないほどの状態だったため

極度の脱水症状も起こしており、

すぐに市民病院への救急入院を手配され勧められましたが、



断りました・・・。



「今、入院したらこの家は誰が守る?」

「留守に何かあったらどうする?」

「僕が入院したら父の精神状態も悪化するじゃ・・・」


そんな事しか考えられなく、

自宅にいても不安、入院しても不安、

ならばこのまま家に居たほうが自分が我慢するだけで済むと、

入院を断りました。。。



それからは、

胃と食道がやられているので、食欲が無いのはもちろんで

食事が全くとれず、ほとんど点滴で済ませるような日々。

点滴も場所・時間を拘束されるという事でパニック状態になるので、

点滴を打つのも楽ではありませんでした。。


父も点滴だらけで、自分も点滴だらけという、奇妙な生活。


「でも父の病気に比べれば・・・」という思いが強く、

自分の事は何でもかんでも自分の中で押し殺して黙っていました。



 
 当の父は、強い痛み止めやらなにやらが効いてきたようで、

入院して10日くらいで末期ガンとは思えないほど元気になりました。

 あまり食は進まないもののお見舞いの対応にはきちんと話せる

ようになり、新聞が読みたい・あれが飲みたいと言えるほどに。。


 ただし、痛み止め等で表向き緩和してるだけなので、

ガンの進行は止まっていません。

医療に関しては僕が口を出せる立場ではないので、

病院に勤務する兄がすべて先導してくれたので助かりました。


 一見、回復傾向に見えても、ガンは進行しており、

骨ももろくなっている状態で、いつ何時、何が起きてもおかしくない

状態には変わりませんでした。。。


 以前より動けるなと思って油断したら、もろくなった骨を骨折

するかもしれませんので、おとなしくしてるように僕も兄も促しました。

見た目は回復傾向に見えても、いつ何が起こるかわからないので

叔父や叔母、そして遠距離で住む兄夫婦が24H体制で

付き添ってくれました。。


 兄夫婦が真夜中寝ずに付き添ってくれたのはとても助かりました。


助かると同時に、色んな思いが正直ありました。


正直、僕は父との暮らしが兄より長かったので、

何というか、今さら特別に話すことが無かったんですよね。。


 いつものたわいもない日常会話が僕と父の関係。

沢山ではないですが、それなりに会話と生活を共にしてきたので、

もしも父に何かあっても、最後まで今まで通りの関係で

僕と父との関係はそれでいいと決意してました。。

実直に父に対してモノ言う僕でしたので、綺麗事も変な慰めも

言えませんでした。

ちゃんと現実逃避せず接したかったのかもしれません。


 だけど兄と父は僕ほど今まで付き合いが深くなかったので、

こういう状況だからこそ、お互い話したい事、話せる事が

あるんだろうと、。またそういう時間も大切だし、

自分が入り込む場では無いなという想いもありました。。。

兄が父の看病中何を父と話したのかはわかりませんが、

きっと大事な時間だったんだと思います。


 看病に関して兄夫婦に助けてもらった事は大変申しわない

気持ちは今でもいっぱいですが、

ずいぶん長く空いてしまった兄と父との時間がそれで少しでも

埋まった事は良かった事だと、僕が勝手に思ってる事ですが、

それはそれでよかったのではないかと思っています。。。


 たった二人の兄弟。たった二人の息子。


近くに居ようが、遠くに居ようが、同じ息子同士。

僕はもう今まで父といっぱい喋って来たので、

こういう時くらい兄と父との2人の時間を大切にしたかったですし、

不謹慎ですが、こういう機会が最後にもてて良かったと思ってます。



 そんな中で、自分が毎日病状が悪化して苦しいとか、

言えようものですか・・・。。

ただ黙って耐えてればいい。。。


 皆が父を応援し、励ましてる中では、このタイミングでの

僕の病気はお荷物。


 でもそれは強がりだというのも自分でわかっていました。。


本当は、僕自身も、父のように誰か助けてが欲しかった・・・。


父の看病で色んな人が助けてくれてるという

ありがたい気持ちと同時に、

かたや自分には誰も助けや支えてくれる人がいないという

一人で苦しむ孤独感は強烈でした・・・。



 でも、



そうするしかなかったんです・・・・。


その後、自分がこれ以上のリスクを背負うとわかっていても・・。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こばじろうさん〜
ご無沙汰いたしてごめんなさい〜
優しい方なんですねぇ〜
ご自分さえ耐えておればと
そんな思いの人間が世の中
どれほど居るのでしょう〜?
こばじろうさん
周りの方々への遠慮は
もう充分では〜?
これからはご自分に
もっと優しくして下さい
それが出来るのは
こばじろうさん
貴方しか居ないのだから〜
お父様への優しさは
お兄様たちにお任せして
少し楽に生きましょう〜
ごめんなさいね〜
解ってても出来ないのかも〜
そう思いながらも
言ってしまいました〜
少しでも症状が軽くなりますよう
心からお祈り申し上げます
頑張りすぎないでね〜
miki
2015/01/21 15:23

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