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zoom RSS 死にゆく祖母が守った約束

<<   作成日時 : 2014/09/10 23:19   >>

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 祖母の介護に関する記事は、同じように介護に苦労をしてる人

にとって少しでも役立てばと思い、ホントはもっとゆっくり詳しく

書きたかったのですが、ずいぶん更新に穴をあけてしまい、

今回の記事でお伝えする事になりました。



 介護に関しての記事は今年の春に書き始めましたが、

祖母は今年、平成26年1月29日に亡くなりました。


心と頭の整理がつかず、後記事になってしまいましたが、

その記事を書き始めた時には、もう祖母はこの世にいませんでした。



 ちょうど一年前、少し体調がすぐれない感じだった祖母が、

その後あっという間に弱っていった事は、今でも記憶に新しいです。

 あまり外出を好まず、家の中で生活するのが好きな祖母でした。

なので、介護と言っても、出来る限りは自宅でというのが
 
僕や父との考えでしたが、正直自宅介護というのは

簡単に言えるほど楽な事ではありませんでした。



 昨年の9月の祖母の弱っていく様は、それはとても早く、

このまま一気に死んでしまうのではないか?というくらいでした。

食べる事が好きだったのに、日に日に食欲もなくなり、

言葉数も減り、意欲も低下し、

まるで電池の残量が徐々に無くなっていくかのようでした。


 それでも排泄や食事だけはベッドでする事は嫌がりましたので、

その都度、その場所に連れていく日々でした。


 特にトイレは大変でした。

利尿作用を含む薬を服用しているので、一時間に4〜5回は

介護ベッドからトイレに中腰で抱えるように連れていき、

おむつの上げ下げ、交換をしなければなりません。

これを約半年間、父と僕でやるのが毎日の作業でした。


 どちらかが畑に行ったりすれば、どちらかが家に残らないと

いけませんでしたので、常に祖母の近くには、父か僕のどちらかが

つきっきりの毎日でした。


 まるでトイレに行くだけの毎日を過ごしているような祖母。

そしてトイレに連れていくためだけに一日を送る僕たち。



 デイサービスの話ももちろんありましたし、4社ほど見学にも

行ってきました。

毎日やる事もなく寝たきりでいるよりは、少しでも話し相手がいたり

歩行訓練が出来たり、

なによりお風呂に入れてもらえる事が出来るデイサービスは

例え週に1回でも祖母にとって有意義なものだと思っていましたが、

何故か土壇場で主治医から、

今の状態ではデイサービスは行かせない方がいいという判断をされ、

腑に落ちないまま、急遽断念する事になってしまいました。


「こういう状態の人がデイサービスを利用しなくて、

いったい誰が利用するのか?」と、

何日も納得いかない日々を過ごしたのを覚えています。。。


 風呂好きな祖母だったので、それも残念だったですし、たった

週に一度、日中だけでも僕や父にも休息が欲しい気持ちもありました。

祖母を一時間に4回も5回もトイレに連れてくだけに在宅してるような

日々だったですからね^^;。正直父も僕も腰も精神的にも

しんどかったのは否定できません・・・;;。



 結局こうして、デイサービス無しで週に4回の訪問診療、

僕と父でのトイレ等の身の回りの世話の日々が半年続きました。

 訪問診療と言っても、勝手に来て勝手にやってくれるものでは

ないので、僕か父のどちらかが付き添っていなければいけませんし、

ほぼ毎回点滴を打つのですが、打ちっぱなしで帰るので、

針を抜いたり等の後処置はこちらでしなければいけません。。



 でもそんな祖母が少し回復しだしたのは10〜11月にかけて。

回復と言っても食欲くらいですが、


「何を食べてもおいしい」


と口にするくらい、食欲が出ました。


 我が家での食事の準備担当の僕としては嬉しかったです。

沢山は食べれませんが、「おいしい、おいしい」と食べてくれるので

出来るだけ栄養のあるものや、好物を考えて色々試行錯誤しました。


「案外、ここから持ち直して長生きするんじゃないかね」


などと、家族や親せきと話してたくらいにまで。


 しかし、やはり冬の寒さというのはお年寄りにはキツイもので、

12月に入ると、また以前のように弱っていきました。。。


 大好物の食事を作っても、一口・二口で箸を置くようになり、

ご飯もおちょこ一杯程度しか喉を通らなくなっていきました。

 食べてるというより「味見」くらいの程度にまで。


もう、自分は何をどうしてあげたらいいのか・・・、

そんな思いで毎日が過ぎ、年越しを迎えました。




 我が家は本宅の実家なので、お正月には親戚が集まります。

家を掃除し、寿司・おもてなしを用意し、今までと同じように

今年のお正月も迎えました。


 寿司の好きな祖母でも、やはり2〜3貫ほどしか食べれず、

皆の近くに移動したベッドに早めに横にさせ、

ワイワイ遊ぶひ孫を見守ったり、ベッドの横で話す親戚の話を

聞いたりするような感じの一日でした。


 ここ数カ月でずいぶん弱ってはいましたが、頭は非常にしっかり

している祖母でしたので、会話の受け答えははっきりしており、

「元気でお大事にしてね」と言葉をかけて帰っていく親戚たちに

「ありがとう。ありがとう」と、ちゃんと答えていました。


 そうしてやりとりして帰っていく親戚達も、ある程度ひと段落した頃、

自分に何が起こったのわかりませんが、

せきをきったように、人目もはばからず涙が出てどうしようも

ない状態になってしまいました。。。


「おばあちゃん、早く元気になってね」

「お母さん、また来ますので、お身体お大事にしてくださいね」


そうやって言葉を交わす親戚たちに、

笑顔でうなづく祖母。。


毎年毎年の、いつもの光景といつもの微笑ましいやり取り。


だけど、


毎日祖母を見てた僕に薄々わかってました。。。



「これが最後のお正月になる事が・・・・・・。」




「またね」「また来るね」



そんな些細なたわいもない一言が、もう二度と訪れない事が、

強烈な直感でわかっていたいた僕には、

そんなやりとりが、

そんなやりとりに普通に受け答えする祖母の応対が、


とてつもなく悲しくて悲しくて、

つらくてつらくて、、、どうにも耐えれなかった・・・。


 もうこのお正月は二度と来ないし、「また」はもう来ない。



お正月で皆が来てるから、一生懸命気を張って元気に振る舞ってる

祖母の本来の状態も、本当は毎日すでに生死をさまよってる。

そういう状況だというのも、自分は全部わかってしまってるから、

いろんな感情を堪える事が出来なかった・・・。


「もういいよ・・・・そんなに頑張らなくてもいいよ・・・」


「だからもう・・・ゆっくり休んでくれればいいから・・・」



 不謹慎かもしれないが、


「もう無理しないで楽になってもいいから・・・」


そんな思いを泣きながら必死に堪えていた。。


祖母本人も、もう早く楽になりたいと思ってる事も知ってた。

でも、そんな事は口にすることじゃない。。


見舞いする側、される側、

お互い何事も無いようにいつものように、いつもの正月を迎える。


でもこのお正月が、ある意味最後のお正月になる事は

すでに予め僕個人は覚悟してたとはいえ、

やはりそれでも耐えきれなかった。。。



 帰って行く親戚一人一人、

祖母を慕ってくれたこの人たちと、

もう、

祖母と次に会う時は息を引き取った後だという事が頭がよぎった。。


僕自身がわかっていると言ったって、どうする事も、

何もいう事は出来ない思いが、たまらず涙に出てしまった。。


 そうしてお正月は終わった。




祖母にとってお正月で親戚一同と一通り顔を合わせるという事は

もう会うべき人とは会い、話すべき人とは話終えたという事。


祖母自身がそういう思いになる事も覚悟してた。。


 そのあとの日々で、祖母との会話に僕は綺麗事は言えなかった。

祖母も見栄を張る事は言わなかった。


「まだまだ長生き出来る」とか

「少しでも食べて体調良くしなきゃ」とか、


もう、お互いそういう会話をする段階でもなかったし、

僕の中で、そういう会話をする事自体が納得できなかった。


間違ってるのかもしれない。

正しくなかったのかもしれない。


でも、死を覚悟してる人の前で、死から現実逃避したような発言が

僕には出来ませんでした。


 上っ面でも「頑張れ・頑張れ」とか言った方がよかったのか・・・。


それは人によって、状況によって賛否両論かもですが、

あの時の僕は本音で祖母と向き合うしか出来ませんでした。。。



僕:「ばあちゃん、、、さすがにもう死んじゃうとおもうよ・・」

祖母:「まあ、よう生きたで、、ポックリ良ければいいけどなあ・・」

僕:「まあ、意識無いまま長生きされてもこれ以上は俺もしんどいわ」

祖母:「えへへ・・・そ〜だなあ〜。ポックリ逝ければいいけどねえ」

僕:「でも畳の上で死ねるだけいいんじゃないの」

祖母:「そりゃあ〜よう世話してくれたでありがたいわ・・」

僕:「まあ、おかげで俺も親父もしんどかったけどな」

祖母:「・・えへへ・・・」


こんな会話を普通にしてました。

僕にはこういう愛情表現しか出来ませんでした。。

死は避けられない。

だから最後までちゃんとお互い死に向き合って話そうと・・。

悲しい顔をして接したくないと。。。


 

 祖母の誕生日は1月28日でした。


先ほどのような会話の日々で、ある日僕が冗談でポツリと言いました。


「ばあちゃん、、死にそうでも誕生日の日に死ぬなんよ・・

縁起悪いに〜〜・・。せめて誕生日まではがんばって生きんと」と。


祖母は笑いながら、確かにあ〜もうじき誕生日か〜って顔をして

笑っていました。。


 
 
 祖母の誕生日の1月28日。



夕方、ウトウトして寝てた僕の部屋を、お見舞いに来てた親戚の

おばさんがドアを叩きました。


 「おばあさんが苦しんでる感じ感じだけど、○○(僕)呼んでるんじゃ

ないかもしれんから、来てあげて欲しい」と。


祖母の容体が悪くなるのは卒中でしたので、さほど深刻に思って

ませんでした。


 そこには、訪問看護師とハアハア言ってる祖母が居ました。


「どうしたん・・??苦しいんか・・?」「どっか痛いんかばあちゃん?」


うつろな目で、ボソッと「苦しい・・」とだけ聞こえた気がします。


「看護師さん居るで、すぐに楽になるで、大丈夫だで!」


そういった僕に対して祖母の左手が僕に向かって伸びました。


その手をずっと握り返し、しばらくすると、薬が効いたのか、

祖母は楽になったのか、眠りにつきました。。


 今思えばそれが僕と祖母との最後のやり取りでした。。。



 眠りについた祖母を、夜7時くらいにお見舞いに来た叔母が

様子を伺うと、


「ちょっと!!ばあちゃんが・・!」


その呼びかけに急いで祖母の部屋に行くと、

もう祖母は大声の問いかけにも目を覚まさず、

そして

そのまま目を覚ますことはありませんでした。



 それが祖母の誕生日の1月28日。



祖母は誕生日を終えた翌29日の深夜に

一つ歳を取り、93歳になり、すぐに息を引き取りました。。。



 「誕生日の日には死なんでよ^^」



なんていう冗談で交わした会話を、祖母はしっかり守り、

深夜0時を過ぎる翌日まで堪えて天国に旅立ちました。


画像





 半年も前から覚悟してた事なのに、

いざとなると、何が起きたのかわかりませんでした。。。


完全に呼吸が完全に止まり、一緒に居た叔母が、

「亡くなった。もう・・・死んじゃった・・・」

と言ったのですが、

祖母の首の脈はまだ動いており、

僕は、

「まだ生きてるよ!脈があるよ!」

と言ったのですが、

その脈も約1分かけてゆっくりになっていき、そして止まりました。



 呼吸が止まっても脈や心臓はすぐに止まらず動き続け、

そしてゆっくりとそれを追いかけるように、

止まっていく様が、強烈に脳裏に焼き付いています。


「しん・・・・じゃったの・・・?」


「うそ・・・でしょ??だって夕方・・・」




 頭の中で、今起こった事を整理するよりも、

すぐに主治医を呼び、死亡確認をし、そして

「人が亡くなった事によるあらゆる手続き」

を、すぐにしなければいけない現実で、正直悲しむ暇は

その時は無かったです。



 よく、人が亡くなった事に対して、、人はおいそれと実感出来ないと

TVやメディアで聞きますが、実際はそれ以上だと思いました。


 ある一瞬を境に、人が生きている・死んでいるという線引きなんて

そう簡単に理解できるものではありませんでした。。


簡潔に言えば


「何が起こったかわからない・・」


そんな数時間でした。


 一秒ごとに動く時計の針を半年間見続け、

ある瞬間、なぜか「ピタッ」と止まって、


「・・・ん??」


って思うような。

そんなキョトンといた感覚でした。。



 涙は現実を追いかけるように、後から止めどなく流れました。


亡くなった事はもとより、

この先、父と祖母との3人暮らしの日々も、

もう二度とは無いという事や、

今までの日常から、一瞬で祖母の存在感がこれからは無いと

いう事とか、そういったあらゆる想像は

「悲しみ」「不安」「恐怖」と、色んな思いに変わって行き、

今まで味わった事のない感覚に襲われました。。



 今までの人生。「放心状態」なんて言葉は簡単に使っていましたが

今思えば、こういうのが本当の放心状態だったんだと思います。

亡くなってからのしばらくの期間の記憶がほとんどないのですから。。


 
 自分がもし、

それなりに健康で、それなりの環境の生活で、

それなりの歳相応の人生を送っていたのなら、

祖母の死をもう少ししっかりとした精神力で受け止めていれた

かと思います。


 持病の精神疾患のせいで、ギリギリの毎日でしたが、

そんなギリギリな日常でさえ、

祖母と父という存在があって、なんとか保ててたわけで・・・。


 そのわずか3人で支えてきたこの生活から一人がいなくなると

いう事は、本能的に


「あ・・・これはもう大変な事になる」


と、一瞬で悟りました・・・。


 大げさではなく、僕の中で、

「何かが終わった・・・。終わってしまう・・・」

とすら思うほどの絶望感でした・・。


 
 そして、そんなこの先に対しての不安や絶望感は、

的中するどころか、想定・想像を超えるような日々や運命が

待っている事に、その時の自分には全くわからない事でした。

 
 ずっとこの家を愛し守り、僕が畑仕事を継いだ事に一番喜び、

友人・知人の居ない僕の唯一の話し相手だった

祖母の死をどう受け止め、どうやってこれから自分は

生きていくのか?


 「何か自分の中で、ポッカリと魂を抜かれた状態に

なってしまうのではないだろうか?」


その恐怖で頭の中がいっぱいでした。。


 「現実を受け止めよう。現実を受け取るしかない。」


そうやって自分の正気を保つのが精一杯の日々でした。



 しかし、


その時すでに、

もう精神的に限界を超えているその時の状況の自分に、


「そこまで運命は残酷なのか?」と思えるくらい、


ここからさらに追い打ちが待ってる事を、

当時の僕には予想も想像もしていませんでした。。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おばあちゃん、亡くなられてたんですね。なんとなくそんな雰囲気は感じていましたが。でも、介護施設に入所しても当然の状態でよく最期まで自宅で介護されました。大往生ですね。お疲れさまでした。

今は、介護疲れ、介護うつの状況があるのではないでしょうか。それを避けるためにも早めに施設に入所できたらよかったのでしょうが、介護認定だったり、施設が満員だったりで、難しいのですね。実家の祖母も90代で、認知症も結構進んでいますが、まだ歩けるので要介護2で、母が世話をしていますが、やっと今年からデイサービスに週数回行くようになりました。楽しみにしているようなのでまあよかったかな。入所が早いかお迎えが早いかといったところです。

死は必ず誰にでも来ることなので、健康でも70を超えたら準備をし、75くらいからはいつお迎えが来てもという意識でいるのがいいかなと思っています。本人も家族も。認知症についても、(若年性認知症でなくても)70くらいから少しずつその前段症状が出てくることは珍しくなく、本人がそれを受け入れることに抵抗が無いよう、元気なうちから理解と準備を進めておかないとと思います。なので、家族とも親戚ともご近所さんとも、帰省のたびにそういう話をよくするようにしていますよ。個人的には、日常生活の基本的なことで人の手を取るようになったら、自分から進んで介護施設に入所した方がいいなという考えでいます。理想は認知症があまり出ないうちにピンピンコロリです。

こばじろうさんのその後の状況が心配ですが、状況がわからない状態であれこれ言うのもなんですし。ただ、こうしなきゃいけないと考えてあれこれ自分で抱え込まない方がいいとは思います。いろいろなものを利用して、手を抜けるところは手を抜き、野菜づくりに力を注げる環境にしていくのがよいかと。
H2
2014/09/13 15:58
>H2さん
お久ぶりです。
久々の更新に関わらず、覚えていてくれた事にありがたい気持ちで一杯です。

上手く誤魔化しが出来ない性格なので、それとなく核心はバレてしまいましたね。

現状を誤魔化して何事も無かったように更新再開しようとも思いましたが、自分を偽るには限界だと思い、しばらく本音と真実を書いてから、また昔のようなブログに少しづつ戻そうかと思います。

ご心配かけますが今後ともよろしくお願いします。
こばじろう
2014/09/16 04:23
こばじろうさん〜
おばあさまのご冥福を
心からお祈り申し上げます
おばあさまは
こばじろうさんというお孫さんに
看取られてお幸せですね
きっと心から感謝して
旅立たれた事とおもいますよ
おばあさまの介護
そしてお見送り
大変でしたね〜
お父様共々お疲れ様でした
お疲れが〜哀しみが
どっと押し寄せている事でしょう
お父様と二人
〜泣きたい時には思いっきり泣き
楽しかった事を思い出し
沢山語り合って下さいね!!!
ブログは心の赴くまま
これからも続けて下さいね

遅くなりましたが〜
懐かしく〜哀しく〜私の母を
思い出しながら〜
コメントしないではいられなくて
お邪魔致しました〜
くれぐれもご自愛下さいね
お二方様の
ご健康をお祈り致します…
miki
2014/09/28 07:05

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